健康をさずける観音様

地球はどんな星

人間社会を自然界の法則から分類する時、情熱を「火」と呼び、
愛情を「土」と呼び、人間関係を「水」と呼ぶのだと
蕃司から教えられました。

土から植物が芽を出し、育ちます。
土は地球では愛、愛情なのだと。

人間にやる気がみなぎり、情熱があふれて
何かをしようと行動する時
「燃えている」と表現します。

燃える闘魂もあります。人間のやる気は「火」なのです。


人と人のつながり、人間関係を「水」と呼びます。
お店を持って、お酒を出したりすると
「水商売」と表現します。

蕃司長いわく
この地球は
「自然水性界」という水の大切な場だと教えています。

水にも良き運命をたどる水と、
悪しき運命をたどる水があるのだと。

良き運命を導く水を「聖水」と呼び、
悪しき水を「汚水」と呼ぶのだと。

では、聖水を呼ぶにはどうすれば良いのか。

それが、言葉の使い方だ。

「人の陰口を言う」

「人の同情に甘える」

「人の口車に乗る」

こういう人は汚水を我が身に引いてしまうのだと。

では、聖水は?
自分のいけないところ、自分の足りないところを自分が叱る
このような努力が、「聖水」を引くコツだと。




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教えの言葉

蕃氏長の教えより


延命地蔵菩薩は「声」(我を叱れ)


人の思い上がりは
人の声に現れる
我を叱る人間に有りて
因縁を除く


六道地蔵菩薩は「道」(成せばなる)

我只一人にても
ただ一筋に我が道を行く
例え前途に如何な苦難が有るも
求める苦に生きる
即ち成せばなる




地蔵菩薩は「愛」(我が道を開く)

我只一人にても
我が道を行く者に有りて
恵まれる




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器の意味?

人間「品」が無いといけない。
山男は常々語っていました。

品には口が3つある。

一つは「ほめる」

二つ目は「かばう」

三つ目は「我を戒める」

これが「品」ヒンという文字の本当の意味なのだと。



この八月を終えて
感じた事が、「器」という文字の事でした。

なぜか、「器」という文字が頭に浮かぶのです。



口という文字が3つで「品」

口という文字が4つある「器」という文字。


何を足せばいいのだろうかと
疑問が湧いていました。


品の口にもう一つの口、それが「自分の弱気心を叱る」
という口を追加しなくてはならないと感じたのです。


少し調子が良いといい気になります。

少し調子が良いと暴飲、暴食もします。

少し調子が良いと、怠けても大丈夫だと
うぬぼれて、いい加減な気持ちが起ります。


山男の全盛期には、何度叱られたかわかりません。


はっきりは言いませんが、
誰かに例えて話す内容が、自分に刺さるのです。


自分がいい加減な気持ちでいる事を悟らせるのです。


良く考えてみると、自分の浮かれた心を
ビシッと、元に戻してくれたのです。


人間、叱られる人がいないと、のぼせてきます。
浮かれてしまいます。


盆を終えて思う事は、「自分の弱気心を叱る」という
言葉、この「口」が必要な気がしている、
今日この頃です。



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価値を高める

8月を山男は試験の月であり、
人の歩く線が変化する月だと教えます。

人は何段もある線上で生きています。
その線上で起こる様々な出来事は、
自分の歩く線上が変わると
全く変わると言うのです。



苦労だと思っていいた事が、線上が変わると
苦労と思わなくなり、
毎回衝突していた相手がいれば
相手とぶつからなくなってしまうのです。



8月の月は菩薩の力が中心となり、
菩薩力が影響すると教えます。


菩薩という存在は、高い世界と
人間の世界の間にあって
高い所から人を引き上げてくれたり


弱気になった人を押し
上げてくれたりするのが
菩薩力だと教えます。

山男の菩薩様がお祭りしてある場所に
木の板に筆で書いた文字があり

「人身価値向上」

と書き込んでありました。

命も体も自然から借りたものなら、
価値あるように
使わせてもらうことが
人の有り方だろうと。


一本の木の棒でも、まっすぐで、
固くて折れないなら
鍬を作る、鎌を作るその持ち手、
柄になるが、
曲がっている木とか腐っている木とか、
直ぐ折れる木、
では、あまり価値が無いな。



人間でも、素直な心を持ちまっすぐで、
外からの抵抗に直ぐに折れたりしない心、
固くて強い意思のある人なら価値があるな。


そう言って教えるのです。




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痛みを観音様にお願い

このような話を耳にしました。
年齢が70歳台の女性です。


外で仕事中に足元にあった電気の配線コードに足を
とられて態勢を崩し、倒れたのです。

無意識に手を付きました。

ちょうど手を付いたところに
10センチくらいの高さのレンガが1個あったのです。


手首が反対に曲がるような状態で倒れたのです。

しばらく、痛みが治まるまで我慢していたそうです。

時間が経過するに従って、手首の色が変わって
紫色になっていったのです。

もしかしたら、骨折したか、骨にひびでも入ったのかもしれない。


不安がよぎりましたが、我慢して観音様に行って
手首が無事に治りますようにと
お願いしたのです。


翌朝見ると、手首を中心に腕がはれ上がり紫色は
黒みがかっていたのです。

でも、お医者さんには行きませんでした。

観音様にお願いしたから、大丈夫だろうと
自分に言い聞かせていたのです。


家族は、お医者さんに行った方が良いのではと
勧めました。


これ以上ひどくなるようなら、お医者さんに行きますと言って、
様子を見ていました。


それから数日経過すると、腕の色も元に戻り、
手首の腫れもひいて、痛みも無くなったのです。
以前と同じように動くのです。


ありがたいことです。


観音様のおかげです。というお話です。




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言葉の不思議

言葉の不思議

斉藤ひとりさんは

こう言っています。

ありがとうという言葉を口に出すと
もう一度、
ありがとう
というような事が起る。


反対に
だんなの文句を言うと
もう一度

だんなの文句を言わないといけないような
事が起ると


泣き言を言うと
もう一度
泣き言を言わないといけないような
事が起ると


口に出す言葉は
同じ言葉を
もう一度、口に出すようなことが起きるのだと
言っているのです。

なるほど・・・。



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8月の心構え

蕃司長の教えより

8月は菩薩月になります。菩薩の世界から人間の世界に対する
指導と規律があります。


菩薩の五項(後光)と呼び五項目あります。


1。希望
辛抱、心棒、信奉無き者菩薩の家内とせず。



2、感謝
人間の生きる原点を考え、見、空気に次ぐ水を己の命と心なし、和を乱さず、
和を乱す者有れば菩薩、食これを与えず。



3、反省
人の思い上がりは現今最も強し、人の思い上がりは自然の掟を壊す、
ならば菩薩最低の線上に降ろす。



4、行動
拘りはゴミ、因縁を作る、拘りを明日に持ち越せば
菩薩精神の安定を与えず。



5、情熱
気づき、考え付き、思いつく、勇気と素直な行動有らざらば
菩薩すべて後の後悔を与える。


この5項目の中で、その人が最も必要とする項目
弱点を強化するような
試験問題が出されます。


この規律を基にして正しい答えを出し、今までの苦労と悩みとは
縁を切り新しい運命である一段高い線上を歩いて行きたいものです。




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強くなりたいか?

人間の太さを作る。

人間の幅を作る。


人が太くたくましくなっていくのに
必要なものは何だと思うか?


山男が質問します。


自分から進んで何かをやるという行動力でしょうか?


まあ、それも大事なことだな。


しかし、太さが出来るのは「がまん」する力なのだ。


いいか悪いかは別にして、戦後に生まれた人達と、戦争を体験した人達と、
その影響を受けた人達を比較するとする。

私がみて思う事は忍耐力の違いだ。

生きていくには食べ物を食べなければならないが、
その食べ物が無い時代があったのだよ。

想像できるか?

今なら、スーパーでもコンビニでも
あふれるほどの食べ物はある。

ところが苦しい時代を経験している人達は、
食べる事さえ我慢するしかなかったのだ。

何も無かったんだよ。


この「こらえる」という訓練を否応なしにやったのだ。


そうすると、人間の太さが出来てくるのだ。

目的があれば、少々のことでは投げ出さない。

いやみを言われたくらいで頭に血が上って人を刺すようなこともしない。

言いたいことがあっても、言わないほうが良いと思う場面なら、
どんなにまわりが口車に乗せようとしても言わない。


反対に、言うべきことは言う。


何人反対しようが、自分の信念からの言葉なら必ず言う。


こういう強さが出来て来るのは、
忍耐力、我慢できるかどうかの力なのだよ。


例えば、朝から何も食べずに夜遅くまで働けと言われたとして、
現代の若者が出来ると思うか?


やるより前に理屈を言うわ。


権利を主張するわ。


黙って、やる必要があるなら「やる」。

どうだ。こういう芸当ができるか?

そう言っておお笑いされました。



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8月は菩薩の月です

8月を目前にして思い出す事があります。
この季節になると毎年思い出します。


1月から12か月ありますがその中で1か月だけ
菩薩の月があるのです。


残りの11か月は神の世です。

8月は菩薩様が人間世界を担当する月になるといいます。


人間が去年と同じ線上を歩くか、上の線上に登るか下に落とされるか
菩薩の月には試験が有ります。


試験に合格すれば今まで悩んでいたことは、解決して新しい運命が開くのです。


不合格ならもう一年同じ悩みと苦労を繰り返して、答えを探しなさいと菩薩様に
教えられます。
お盆には実家に帰る人もいます。


生れた家から、離れていた子孫達が、生まれた土地に戻って
家の心と自分の肉体と自分の精神が一体化するのです。

親がこの世にいない場合は、親の位牌なのかもしれません。
子供の頃に住んでいた土地なのかもしれません。
墓参りをするような場合も3つの心が一体化するのです。


そして8月の終わりには試験の結果が出るのです。

今までとは違った新しい運命が待っているのか、
それまでと同じ悩みを抱きながら再度一年間過ごすかが決まります。
では、その問題にどう対処すれば正解が出るのでしょう。


山男は教えてくれました。

菩薩月の試験で人間が自然から認められる心構えというものは
「我が体(たい)我が物にあらず、自然より御貸し頂いた体(からだ)なり。
我が命、我が物にあらず、自然より御貸し頂いた命なり。」
この考え方が、根本になると教えます。


自分の体だからとうしようと自分の勝手だ。

自分の命だから自分がどうしようと自分の勝手だ。

この考えが人間の思い上がりといって、大きな間違いを犯すと。


自分のものではないから、自然が返せと言われれば一人の
例外なく誰も命と体を返してこの世を去っていく。


命も体も自分のものではなく、自然から貸し与えていただいた
ものなのだという気持ちが根本になると教えます。


だからこの命と体を借りているなら、どういう使い方をすれば
自然が認めて下さるかを考えて、日々生きるかが、
菩薩月において一段高い線上に登るヒントになる。


毎年こう言われました。



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これが力の作り方

私が現代の若者を見て思う事は、昔の若者より頭は非常に良くなったと思う。
理論、理屈は十分知っている。

新しい知識に対する理解度も大人以上に持っていると思う。

お前だって、理論、理屈は良く知っているな。

一般的な知識も十分あると思う。

ただ、人間の線が細いのだ。

上に向かって伸びる時には高さも必要だが、木に例えると太さが必要なのだ。

知識を求め、理論理屈も理解すると言う事は、人間が上に伸びる方向に
対してはどんどん成長していく。
ところが人間の太さは、なかなか簡単には出来ないのだよ。


嫌な思いをしたり、苦労に思える体験をしたり、
言いたいことも状況を考えると、言わずに黙ってこらえるとかな。

こういう苦い経験を積んで、だんだん人間の太さが出来てくるのだよ。

特に若い時ほど早く上に伸びてしまおうとする。

そうすれば早く安定すると考えがちなのだな。

ところが、木でも細くて上にばっかり伸びると
少しの風でも折れたりするのだ。

あせらんでいいから、人間としての太さを作れ。

嫌な事にも耐える事が出来る精神力。

これが太さになるのだ。

ただ、我慢するだけではないよ。必ず自分の希望があって
それを達成する為に我慢するのだよ。


そして苦労が来ても心の中は

「なにくそー」

と思うのだよ。

口に出して言ってもいい。

この、なにくそーと言う
「くそじから」が

木をどんどん太くする肥料のようになるのだな。

と、大笑いされました。




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昼あんどん

世の中の流れが急となり、自分がその流れに押し流されて
しまいそうになった時、
しっかりと自分を支えてくれるもの。


それが、九本の気だ。


心の中に九本の気がしっかり根をはっていたならば、
世間の流れに流されることなく、しっかりと
自分という人間を保つ事が出来る。


心の中に、これだ。
というものが無ければ浮草のように
あっちに流され、こっちに流され
一体自分は何を根本に生きて来たのだろうか?
そういう思いにもなる。


だから「己の道を行く」と言う事は
大切なのだ。


人がどう言おうが、世間がどう思おうが
自分はこうだ、こうするのだ。

いったん自分で決めたら曲げない。

そういう強さが男には必要だな。

普段は馬鹿なように、ほがらかにしていればいい。


ちょっとすけべな話をして、人を笑わせてればいい。
馬鹿のように見られるかもしれない。
かまわん。


だけども、一旦事が起きたらビックリするほどの力を
発揮する。


私はそういう男になりたいと思っているのだよ。


よく、山男が語っておられました。





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逃げるが勝ち、死ぬ事はない

最近ニュースを見ていると、つい
状況を作った会社が腹立たしく思えて、
犠牲になった人達の事を考えると胸の痛むものがあります。


会社から無理難題の仕事を押し付けられて、
その仕事に対してまじめに、真剣に取り組み、
その結果無理だと感じた時に
自ら命を絶ってしまっているのです。

こういうニュースが複数あったと思います。



若い時、自分も同じような状態・・
会社の規模とか
会社の知名度とか
入社する困難さは
違うとは思いますが、
似たような状態に追い込まれました。


とても出来ないような仕事量を押し付けられて、

無理な期限を切られるのです。

その時、自分が責任者という立場で仕事を押し付けられるのです。

代表取締役でも、社長でもないのに・・・・。

結果を出せないと「あんたの責任だ」と言ってくるのです。

若い時でしたから、その場から逃げるのは嫌でした。

しかし社長の期待に添えるような仕事量ではなかったのです。

社長は留守が多くて、現場はあんたに任せると言った調子でした。

悩みに悩んだ挙句、死ねば楽になるだろうなと
何度も思ったりしました・・・・

明日の仕事量を考えると夜は眠れなくなります、
朝、出勤しようと思うと体の調子が悪くなります。
どうしても表情は暗くなってしまいます。


自分が悩んだ末に出した結論は、会社と戦う事を選択したのです。

会社がクビになることは覚悟のうえでした。
どうして入社したばかりの自分に
大きな責任だけ押し付け、できそうにもない仕事量を当然のように言うのはおかしいと。


与える仕事量が出来て当然のように言ってくるけど、
納期に間に合わないのは、従業員の数を準備できない
会社側にも責任があるのではないですかと

社長と直接談判したのです。

相手が言ったとか、言わなかったと後で
水掛け論になっては困るので
会話は全て記録しました。

録音して直談判をしたのです。

といっても社長は自分の力を誇示し、出来ない理由を並べるのは
あんたが無能だからだと
いう意味の事を回りくどく何度も言うだけで、
問題の解決になりませんでした。


むしろ、あんたはもっと働けばいいのだと、というような説得と
過去の人間の中には出来た人もいたのだといわんばかりの
自慢話を繰り返されただけでした。


入社当時は、周りからは良い会社に入れたねとか。

あの会社の社長は良い人だとか。

勝手に退職するのは身勝手だとか、いろいろ陰口は
言われました。

しかし、決断には
「他に囚われない」という信念が根本にありました。

自分という存在、肉体を保つために食べ物を口にする。
その食べ物を手に入れるために仕事をしている。


そして仕事を通して自分を高め、世の中に何かの形で
奉仕をさせて頂く。
報酬によって幸せな家庭生活が継続できる。


これが自分の仕事のあり方だと考えていました。


それなのに、仕事が自分の命さえ切断しようとする状況は
絶対に会社が間違っていると確信したのです。


入社した会社がつぶれようが、社長が辞めさせられようが
自分から見れば全ては「他」です。

お金も、名誉も、世間からの評価もすべては自分にとっては「他」です。

自分の我がままだけで、この場から逃げるなら問題が有りますが、
冷静に第三者として判断しても、自分の行動より
会社のやり方が間違っているという結論に至ったならば、
即刻会社を辞めるべきだと思いました。


しかし、相手に対して只では済ませない・・・・・。

相手の言い分を全部聞いて、記録として残し
第三者に聞いてもらって、どちらが正しいか判断してもらえば良いと
考えたのです。


騒いだ後の結論は
自分が次の仕事を見つけるまでは、退職金とか保険とか年金の手続きは
全て会社で準備させていただきますから、今回は、この事を世間に向けて大きくしないようにと
別の人を間にいれて自分との和解を申し込んで来たのです。
無理難題を押し付けていた会社の側からです。



不幸なニュースをみて思う事は、まじめで真剣に仕事に取り組む人ほど、
窮地に立たされると未来に絶望を感じて、死を選びそうに思います。

そんな時

この状況は自分の責任ではない。
そう考えて欲しいです。

相手側にあると確信したら、絶対に死を選ばず、
その場から逃げて下さい。


逃げなくても力が残っていれば相手と、戦っても良いと思います。


自分を生かすために周りの環境があると思って下さい。


自分を苦しめる要因、他に囚われないで欲しいです。




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恵まれた運命を

蕃司長は語ります。
人と言う文字を左側と右側に分けて見ると、左は自分で
右が陰だとします。

普通は左の人を陰が右で支えている形が「人」という文字ですが、
陰が大きく成長すると、
人より陰の方が大きくなって「入」という
文字に変化するというのです。


こういう状態になると、することなすこと
好調の波に乗って、良い事が
次々と舞い込むようにな
運命をたどると言うのです。


自然からの恵みを受けるのだと表現されます。


あの人は運の良い人だとか、
とかあそこの家は家運の良い家だ。


こんな事を言われるような状態が
「入」という姿に
自分と陰の関係が出来た時なのだと。


では、どうすればそうなれるのでしょう?

人が食事をするように、陰も食べ物が必要なのです。

陰の食べ物は、自然の理を学ぶこと。
これが食べものなのだと。

自然の理とは、九本の気でも掟でも
自分のものする努力を継続することなのだよと。



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天使と悪魔

ブログの管理人さん
最強の霊能者のお弟子さんですが

人にはその人を守り、導く存在がいると
語っておられました。


呼び方は人それぞれ名称の違いはあっても
守り、導くものは存在するというお話でした。


そして自分を守護する存在が成長する要素は
人間の感謝の心だと
強く語っておられました。


そして、逆に不幸に陥れようとする存在は
うらみ、妬み、いきどおり
不足、不満、愚痴
このようなマイナスの心が

不幸に陥れようとするもの達の
食べ物になるのだというのです。



そして、そういうマイナスの想念が多いところは
不幸に陥れようとする存在が多く集まる
格好の餌場になっているというのです。


それを聞いて、
出来るだけ自分がマイナスの心

エサになるような気持ちを持たないことが
重要なことだと感じた次第です。


そして、
感謝心は
毒を消す作用があり

マイナスを中和してくれるのです。



さらに運命をプラスに向けてくれるのです。




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ついてる

最近感じています。
陰の我
自分の陰の存在です。

過去にはそれ程意識しませんでしたが、最近は陰を意識して
大切に思い、感謝の言葉をかけていました。

自分には見えないけれど、自分の後ろにいる自分。
これが陰の我です。

普通は守護霊と呼ぶ事が多いと思いますが、
守護霊とは違うようです。
守護霊が人と共にいる場合は、霊が流す冷たい気を、人間が全身に浴びる為
体調が悪くなると、ブログの管理人さんは

教えてくれたのです。

だから霊ではなく、陰の我だろうと
思う事にしています。


ある時は何かの形でヒントをくれたり、

ある時は心の中で気持ちを励ましてくれたり、

ラッキーなチャンスをくれたり、危ない場面を回避させてくれたり

本当に色々と自分の為に動いてくれているのだなと
実感しています。


細かい事を書いても、周りから見ればただの偶然とか
こじつけに
見える事なのかもしれません。


ところが、その場面を後で振り返って考えると、あのタイミングで
あの事を気付かせてくれなかったら
事態はひどいことになっていたかもしれないな・・・。

とか、あの時ちょうどあの事があったことで
結果はとっても良い方向に動いたな・・・。


とか、このような事が頻繁に起こるのです。

あとで考えると「ついてるー」という事なのです。

自分の力では無いのかもしれない。そう感じることも多いです。

人間はこの陰の我が誰にも存在しているそうです。

陰の我の特性に応じて、どんどん恵まれる人、

する事なす事成功させる人、

又、反対に泣きっ面にハチのように
踏んだり蹴ったりの人


様々あるそうです。


陰の我に大きく成長してもらう。
そして、幸せになることの大きな協力を得たいと思えば、

陰の我に対する信頼。そして陰に対する愛情と感謝の気持ちだそうです。



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プロフィール

三休

Author:三休
この観音様に命を救って頂いた、だから私は生きている限り毎月のお参りはさせてもらう。
そのような人が多いのです。病気を改善し健康を与えて下さる観音様の紹介です。

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